_塚本三郎元民社党委員長小論集_ _当会支部最高顧問、塚本先生世評_
混乱の政局を読む     平成二十四年三月上旬     塚本三郎

政権与党となった民主党には、党としての綱領が無い。作ろうとすれば、所属の党議員の中の相当数が主義の相違によって、党自身が分裂する恐れが在るから。

 結局、民主党は、選挙互助会、即ち当選する為に集まった、自分本位の政党だ。その党が幸運にも二年半前の総選挙で圧勝し、その代表が内閣総理大臣となった。

二人の総理は共に失格して、三人目を野田佳彦氏が引き継いだ。二人の失格原因は、出来もしない政権公約(マニフェスト)の中身が主であり、与党であった自民党政策の反対ばかりを唱えたから。

その失政の前例を知り抜いている三代目の野田佳彦氏は、本家帰りの如く、自民党の政策に寄り添っている。否、自民党への「抱き付きだ」との悪評を買っている。政策のみならず、精神的にもその態度がみえており、財務省主導の増税論の強調が目立つから。

 かくして三人共に、民主党首相の数々の失政を、国民が承知しているから、一刻も早く政権を交代して、民主党は、潔く権力の座から下がれ、との国民の声一色である。

◎ この党は国政の目標、即ち国家観が無く、唯々、国会に議席を占め、国会議員としての温かい特権を求めて集まった、「卑しい集団」であるから、一時でも長くその地位にしがみついて居りたい。それが目的で集まっているゆえ、国民の声を聞く耳を持たない。

 多少の良識派も居るとみるが、その人達の声は、心の内に留まって外に出ない。

 本来ならば、これ程に不見識で、不評三代の支持率三〇%を切る総理が続けば、改めて衆議院を解散して、民意を問うことが憲政の常道である。国民はそれを熱望している。

 民意に従って衆議院を解散すれば、惨敗することを察知しているから、日本国家の命運も、民主主義政治のルールもかなぐり捨てて、自身の地位、所属政党としての権力、にあり付いた幸運に、日々憂き身をやつしている、「国賊的集団」としかみられない。

◎ 時が来れば、やがて民意を問い直すべき時が来る。だが、衆議院の改選期までは、まだ一年半先である。

 国家の為にはそれまで待てない。時代の流れは余りにも速すぎる。特に周辺国の脅威に対処出来ない。愚民政治の下で、二年先の日本は、どの方角に流されるのか?

 一体、これからの政局はどう進むのか、と問われても、応えようがない。

 主導権を持つ総理大臣自身が迷っているゆえ、他人も進路に迷って評価と判断出来ない。

 自民党を中心とする野党もまた、良識的発言を重ねてはいるが、野党らしき迫力に欠けていて頼りにならない。

こんな政局に誰がした、と、国を憂うる識者は天を仰いで嘆息するばかり。

 民主政治の欠点が、余りにも露呈された政局の典型である。恐らく、戦後の政権で、これ程に、無定見で、言行不一致の、無責任極まる政権は例がなかったと言うべきだ。

 戦後の政局の約七十年を省みると、今日ほど内政、外交、防衛の危機に直面して、対処を迫られ、強力な内閣が求められている時代はない。その点は、前から屡述べている。

 残念なことは、その激動に対処する為に、一番不適当な内閣が存立しているのは、余りにも皮肉な天の配剤ではないか。民主党政権下では、時と共に、その危機は深まるばかり。

 与野党共に、堕落した政局の渦中でも、一年以内に、衆議院選挙は避けられない。選挙後の政局は、今日では、何一つとして確たる見通しが語れない。

 それを大胆に、無責任に、マスコミの批評を頼りに、私なりに選挙結果を述べてみた。

 民主党が破れて三〇〇余が、半数以下の一〇〇から一五〇議席となるのではないか。

 自民党の一〇〇余が、倍加して二〇〇となることは難しい、一五〇程に伸びるのか。

 みんなの党、その他の少数党が、それぞれ倍加しても、五〇程の合計となるのか。

 公明と共産が、現状を少々上回って、堅い組織ゆえ合わせて六〇~七〇へと伸びるか。

◎ 計算出来ないのは、定数減による、全体議席総数から約八十削除が可能なのか否か。

 それによって各党議席の幸、不幸は大きく選別される。運命のイタズラは?

 近々浮上して来た大阪市長・橋下徹氏の発言、即ち維新政党がどう進むのか、民主と自民両党議員の中に、橋下維新の党へ、賛同者が何人潜り込むのか。

 伸びを期待する、橋下維新が、公明党やみんなの党と、ウワサの如く合流出来るのか。

 もっと大きな変化は、自民党幹事長の石原伸晃と知事の石原慎太郎との親子の争い、或いは談合が、大都市連合の波は一つのポイントとみる。政界再編の渦を作るのか。

◎ これ等の政局激動のポイントは、政局そのものを生き甲斐として来た、政局のベテラン小沢一郎氏の裁判と、それに対応する、彼の生涯をかけた最後の勝負として、彼がどう動くかが最大の注目点と見られる。

彼はもう、出番は無く、任務と使命は終わったとの説が大勢である。だが小沢は決して、このまま政界から消えない。自民党の旧友へも手を伸ばして、野党で寂しがっている自民党の古い友と、密かに談合しているとのウワサも浮上する。

◎ いまひとつは、全く政局には素人であり、経験不足ながら、当代随一の政治感覚を備え、関西で圧倒的注目度と支持を得ている、大阪市長橋本徹氏の動きである。

 「最も古い小沢」と、「最も新しい橋下」の動きは、今日の混乱の政局ゆえに生じた、思いもよらない「夢の両人」であると云うべきか。

 素人であるがゆえに深い国家観は持っていない橋下氏は、それゆえ、汚れ無き素晴らしい直感で、「理想的国家像」を堂々と表明することが出来る。その純粋性に期待することは、激動の時代の英雄を求める国民の期待に当てはまるかもしれない。

政界再編のとき

いずれにしても、次の衆議院選挙は、今迄の政界の常識をはるかに超えた大変化を予想される。戦後政治の、良くも悪しくも、議会人の想定出来ない「総決算」の出発となろう。

問題は次の選挙の結果によって、千変万化、政党の浮沈となる。

注目すべきは、現存の政党では過半数の議席を占めることは無理と見る。よって天下の権を手にする為には、政界の大編成が迫って来ると見るべきである。

 日本は神の国であり、仏の国であると私は信じている。今日の日本政界は、日本国民の願望として良かれと願ったことが、先の選挙では期待に大きく外れる結果となった。

ならば、その失敗を反省しての再出発の為の選挙だから、次に選出される、国会議員と、その後に編成される政界の新政権こそ、危機に対応するにふさわしい「日本的政権」の出現を祈る気持ちで期待する。

今度こそ、この指トマレで、国家観、政治理念、基本政策を、その時の為に用意しなければならない。既に次の選挙の公約を兼ねて。各政党の有力な指導者は、「船中八策」ではなくとも、四六時中、頭に画いている筈である。日本の国会に求められている国家観を大胆に述べる。一.新憲法創設、二.デフレ脱却と公共事業による経済再興(政府紙幣活用)、三.防衛力整備(含、徴兵制)と日米同盟堅持、四.教育の刷新(教育勅語の精神)。

南京事件はなかった「河村発言」

 名古屋市長河村たかし氏が、中国の領事達との会談の際、南京事件、即ち、日本軍が南京侵攻時に、市民三十万人を虐殺したとして、「反日の舘」を建てて、日本軍の鬼畜ぶりを宣伝していることを「あれはなかったのではないか」と直接中国の領事代表に述べた。

 名古屋市と中国の南京市とは、姉妹都市の友好関係として、長く交遊を温めて来た。

 更に中国政府は、日本国内の重要な土地を、種々な名目で買い漁っている。名目は正当としても、別の意図が推察される。名古屋市内の中心地で名古屋城近くにも、約三千坪の国有地を求め、領事館の建設と移転を計画し、政府に重ねて取得を要望しているが、市民団体の猛烈な反対運動が強いので、事なかれ主義の政府はとまどっている最中である。

 河村市長への中国領事の挨拶も、その為の手段であったともみる。

 河村市長は、「私の身内(父親)が南京侵攻に参加した。その時の体験では、陥落直後の南京市民は、極めて友好的で親切であった」と聞いている。日本軍が、そんな酷いことをすれば、市民が親切に対応するはずはない。だから「三十万人虐殺は無かったのではないか」と素直に述べ、「双方が良く話し合うことが必要だ」と提案した。

 中国政府は河村発言に激怒した、そして、友好の姉妹都市は、当分の間ストップすると通告して来たと云う。

 常識では有り得ない、中国政府の反日的態度は、日本政府及び日本国民を、なめきった態度である。日本人は脅せば従うと、勘違いしているようだ。

中国外務省の洪磊(コウライ)副報道局長は、二十二日の定例会見で名古屋市の友好都市の江蘇省南京市が、市民感情が傷付けられたとして、両市間の一時交流停止を決めたことに「理解し支持する」と述べた。自治体のトップの発言が外交問題に発展しかねない異例の事態となっている。中国外務省のアジア局長は二十二日、北京で会談した外務省の杉山晋輔アジア大洋州局長に対し「河村発言は歴史の歪曲で無責任な言論」と抗議。

杉山局長は「発言は個人的見解で、日本政府を代表したものではない」と述べた。

河村市長は二十二日、東京の日本記者クラブで、自身の発言によって南京市が一時交流停止を決めたことに対し「議論するのもいかんというのはいかん」と不満を示した。

 今後も南京市に対し、同市で歴史認識をめぐる討論会の開催を求めていくという。真の日中友好のため、真実を明らかにしたいと強調した。

旧日本軍による「南京事件」を否定した河村市長は、発言を受けて姉妹都市の中国・南京市が当面の交流停止を表明した問題で、記者団に対して「南京との交流を今後も継続したい」と述べたが、発言については「南京事件で新たな研究の成果が出て来ている」と指摘。南京での大虐殺はなかったとする立場を崩さず、発言の撤回や謝罪は「ありません」と明言した。名古屋市に寄せられた意見は八〇%が「良く言ってくれた」。二〇%が「国家観の微妙な問題を個人の態度で話すのは、公人の態度ではない」など批判的だとの報道。

政府の事なかれ主義に、堂々と発言したのは河村市長らしい。

南京事件については、余りにも大げさ過ぎる。戦争中のこととて「双方が良く話し合う」ことで、安倍晋三内閣で日中が合意した。――だが話し合いの進む前に、三十万人虐殺の舘を一方的に建てて、対日批判を繰り返している中国に向かって、河村氏の発言は、当事者でなくとも、政府の事勿れ主義に対処し、良く言ったと解すべきではないか。


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