|
1、万葉の恋愛歌
皆さんは『万葉集』という本について、どんなイメージをお持ちですか。
『万葉集』は、「1200年前にまとめられた日本最古の歌集」です。天皇から庶民まで、4500首の歌が載っています。
これだけの規模の歌集は、世界に二つと存在せず、「世界に誇る文学遺産」、「日本の宝」と言われるゆえんです。
今日は、『万葉集』にみる日本人の心ということで、お話をさせていただきます。
早速ですが、『万葉集』にはたとえば次のような歌があります。
○前日も昨日も今日も見つれども明日さへ見まく欲しき君かも〈橘文成〉
おとといも昨日も今日も君に会ったけれど
明日も君に会いたい
これは現代にも通じるラブソングですね。『万葉集』の多くはじつは恋愛の歌なんです。これほどシンプルなラブソングがあるということを知っておいてもらうだけでも、『万葉集』に対するイメージが変わるんじゃないかと思います。
こんな歌もあります。奈良大学の上野誠先生という万葉集の研究者がいらっしゃいますが、その訳でもう一首読んでみましょう。
○草枕 旅立つ君を一目おおみ 袖振らずして あまた悔しも(よみ人知らず)
旅立つあなたを見送るのに
人目を意識しちゃってさ
袖を振って熱い思いを伝えられなかった、わたし
メチャ悔しいよお・・・
※上野誠 訳 『小さな恋の万葉集』(小学館・2006年)より
他にも『万葉集』の代表的歌人である柿本人麻呂には、次のような魅力的な歌があります。今でこそありが
ちな歌と思われるかも知れませんが、当時からすれば大変オリジナリティーあふれる歌だったはずです。
○うち日さす宮道を人は満ちゆけどわが思う人はただ一人のみ
大通りは人で溢れてるけど
わたしが愛してる人は
この世でたった一人
※三枝克行 訳 『万葉集・恋ノウタ』(角川文庫、1996年)より
○天地といふ名の絶えてあらばこそ汝と我と逢ふこと止まめ
世界が滅びる日が来たら
僕らは会えなくなるけれど
世界が滅びるその日まで
僕らはずっと一緒だよ
※三枝前掲書
「天地」というのは、「地球」のことです。当時「地球」という言葉はまだありませんが、「もしこの天地(地球)がなくなることがあれば、そのときこそ二人は逢うこともなくなるだろう」。要するに、「それまではずっと一緒だよ」と歌うわけです。
1300年前にこういう発想で恋愛を歌う詩人がいたことには驚かされます。
女性にも素敵な歌があります。
○君が行く道のながてを繰り畳ね焼き滅ぼさん天の火もがも(狭野茅上娘子)
あなたが向かう長い道のすべてを
私のもとに手繰り寄せて折りたたみ
天の火で焼き尽くしてしまおう
この歌は『万葉集』の中でも、とくに人気のある歌です。彼女は中臣宅守という青年とつきあっていましたが、宅守はある事件に巻き込まれ、当時の奈良の都から、今の福井県の武生という所に左遷されてしまいます。歌は、「あなたが行こうとする道のすべてを、私のもとに手繰り寄せて折り畳んで、すべて天の火で焼き尽くしてしまおう。そうすれば、あなたは私のもとから離れていかないですむのだから・・・」という意味です。
これほど情熱的な歌はありません。女の執念、女の怖さまでも感じてしまいますが、この歌をきっかけに『万葉集』を好きになったという人は多いというぐらい、とても人気のある歌です。
今日紹介した言葉の中で、気に入った歌があれば、ぜひ日常生活の中で使ってみてください。歌は歌われてこそ、はじめてその存在価値がでてきます。恋愛中でもそうですよ。たとえば、長々とメールで思いを伝えるよりも、最初に紹介したような「前日も昨日も今日も・・・」の歌をさりげなく送る。どういう意味?ってメールが返ってきたら、「いつも君に会いたいって意味だよ」と、またさりげなく返信する。「まあ、なんてステキな人なんでしょう」と、こうなります(笑)。
さて、今日ははじめに『万葉集』における魅力的な恋愛の歌をいくつか紹介しました。恋愛に関して言えば、『万葉集』は当時の恋愛歌を集めたベストアルバムのようなものであると考えてもらってよいかと思います。
|
|
|