|
写真論TOP |
|
|
|
証明写真が疑われた |
そうは言ってもこれだけ認知された「写真」という言葉を今更覆す
のも容易ではない。
私も「写真」という言葉を使い続けなければ他の人に通じなくなる。
字句に拘らず、レンズやスキャナを通して得た画像情報をその後の加
工を含め、肉眼で確認できるようになった状態を「写真」という定義
付けとしておこう。
もっとも、これを読んだ方からは、反論ないし付加される文言もある
と思うが。
写真が、「真を写す」と訳すには、問題があるとしても実物の代わ
りに写真で理解していただく・・・という使用法に異論はない。
その中で一般的な使われ方では「証明写真」がある。運転免許証、履
歴書、パスポートなど、証明写真は、その場で簡単に本人であること
を証明する有効なツールだ。しかし、この証明写真が疑われたケース
がある。
私を含め、特にスタジオ撮影をする人物に親しい人がいる場合証明
写真をそういった人たちに頼んだ場合、照明に拘り、何回もシャッタ
ーを切ってリラックスした表情を撮ることができる。実は、私の家内
も一度、運転免許証の写真を撮ったことがあるのだが、家内が証明と
して郵便局の窓口で免許証を見せたところ、窓口の人が一瞬、疑った
という。
他にも、友人が出国時にパスポートと本人の顔を何度も見比べられた
挙句「ご本人で間違いないでしょうか?」と訊ねられたという。
いわば、「写真の出来が良過ぎた」ということになるのだが、概ね、
モデルクラブのカタログも同じような条件で撮影するので、カタログ
だけでモデルを選べないことは、カメラマンなら承知の事と思う。
もっとも誤解を受けてはいけないので補足するが、「良し悪し」では
なく「イメージが変わる」という意味であることを理解していただき
たい。
しかし、証明写真の方が、よく見える・・・というのは稀なケース
で大方、免許の更新で写真を撮られ、出来上がった免許証を見て不満
を言いたくなる方、とくにご婦人方は、多いはず。
まあ、あの照明で一発撮りは仕方ない・・・というのが現実だが。