写真論TOP
 写真の語源

 写真の語源である「フォトグラフィー」は、「光で描く画」という訳になる。
私が語るまでもないが、小学校の理科でピンホールカメラを作った経験のある人
もいると思う。
 カメラが発明される以前から針穴を通して結像現象があることが知られており
かつて写実画家は、「カメラオブキュスラ」と呼ばれる、ミニハウスのようなピ
ンホールカメラの中に入って結像する風景をなぞるようにして絵を描いた。

 今で言うフィルム(デジタルでいうならCCDなどの撮像管)にあたる感光剤が
開発され、「ダゲレオタイプ」と呼ばれるカメラ第一号が誕生する。
当時、カメラで撮影された「フォトグラフ」を見た画家が「絵画は死んだ」と発
言したという。
しかし、当時のレンズや感光剤では、露光時間(シャッター速度)が恐ろしく長
く、人物もその間、じっとして動くことが出来なかった。

 マン・レイという写真家は、印画紙の上に直接『物』を乗せて光を当て、輪郭
の影を作る手法を用い「レイヨグラフ」と命名した。小学校で習った青写真が、
これに該当する。
医療に使われる
X線写真も同じ原理である。この流れからも写真が、絵の延長線
上にあり「光で描く画」であることもうなずける。

 したがって、フォトグラフィーを日本語にした場合「光画」とした方が、近い
意味になる。事実、かつて『光画』という写真誌が発行されたことがあり、当時
は、画期的な存在感があったそうだ。私も実物を見たことはないが、記事で紹介
されたものを見ても見応えのある本である。

 日本語では、何故「写真」になったのかよく分からないが、今では、この名前
が一般となり「写真=真(まこと)を写す」という印象を持つ言葉となった。
「光で描く」と「真を写す」では全く意味が違ってくる。せめて「光が写る」で
あって欲しかった。

何故なら、写真=真実という固定観念が、脳に無意識に刷り込まれ、写真を見
させられることで深い検証をしないで信じ込んでしまう問題があるからだ。