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 写真とキャプション

 読み物での写真の役割は、写真がコピー量(文字数)をどれだけ減らせるか、
にあると考えている。しかし全く説明無く、写真内容が理解できるかというとそ
れも難しい。身分証明も写真だけでなく、氏名等、その人物の事実を表す文字と
の組み合わせが必要である。

 仕事の場を東京に移し、広告業界から出版業界へ移行した頃、毎月のレギュラー
記事が立ち上がった。特定の人物を取材し6ページの記事にするものであった。
取材の入り口では、インタビューが中心となり、ライターが必要な情報を聞き取る。
それ以降は取材対象者の様々なシーンを撮るために、私一人が出向き、そのときの
状況を書き記したものをライターに渡して、それを元に写真に添えるキャプション
とする作業であった。
そのシリーズで、ビル建設予定地のシーンがあり、場所は大阪だったが、刷り上り
のキャプションには「東京」となっていた。
この写真、地名やその地を表す風景要素がなく、本当にその場所へ行かなければ、
何処かは、分からないゆえに、キャプションで「東京」とされれば近所の人でない
限りそれで通ってしまう。(この件については、その後の処置をとった。)

 この体験で分かったことは、写真とキャプションが組み合わされた場合、説明の
意味を決定付けるのは、キャプションによることが多い、ということである。

 ビデオを逆送りで見ると良い場面が悪く見えてくる。例えば、ドア越しで来訪者
を家の中へ招こうとしている場面は、家から追い出しているように見える。
また、子供にお菓子を手渡しているシーンは、お菓子を取り上げているようだ。
泣いている子を勇気付け、笑顔になっていく様は、笑顔だった子を泣かしているよ
うに見える。
写真のような静止画では、キャプションによってどちらにでも見えてしまうもので
ある。したがって、撮影者および撮影日や場所等の裏付けの出来ない写真につける
キャプションの文章形態は「・・・である。―のような断定は不可」となるのが自然
である。