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 修正・合成写真

 人物を撮るとよく言われるのが「修整しておいて下さい。」

謙遜の語であるが、かつては目をつむった写真の目を開けてしまう
ような修整が写真館では為されていたという。そのような技師が活躍
していた時代は、さすがに知らないが、修整した写真を見たことはあ
る。しかしながら、確かに目は開いているが別人のようでむしろ目を
つむったままの方が自然に感じた。

 デジタルの時代に入り画像処理ソフトも機能を上げ、かつての職人
技が、パソコン上でできるようになった。古い写真をスキャニングし
たところ、写っている内の一人に大きなキズがあり片目がない状態で
あった。そこでもう片方の目をコピーし左右反転させキズのある目の
位置に貼り付けで輪郭部分を馴染ませる・・・という修整をしたこと
がある。その人の親族が見ても気付かないほどの出来栄えだ。

 しかし、修整がこれほど簡単になってくるとますます、写真の「真」
が怪しくなってくる。かつての高度な技術を持った修整技師は、いな
くなったが時を経て新技術で修整が息を吹き返したのである。しかし、
修整=作り物とは言えない用途もある。乱れた映像を修復し見易くす
ることも修整といえよう。聞くところによると米国
NASAでは、探査機
などが宇宙から送ってくる映像は、そのままでは、見られないものら
しい。それを解析して分かりやすい映像に修整する、という話を聞い
たことがある。
 解析・修整という工程がある以上、悪意で手を加えることも可能で
あるが、とりあえず、修整の良心的な使い方の一例である。
医療界においても
MRIが登場した頃、それまでのCTに比べ、細部が見
えるということが言われた。確かに見比べると一目瞭然である。
しかし、
CTは、いわば影絵のような実写であることに対し、MRIは磁
気を利用した解析映像で実写ではない。
MRI100%修整ということに
なる。しかし、それが、
CT以上に細部が実際に近い表現がなされてい
れば、良心的な修整、といえよう。
技術的に再現が難しい映像を補う目的の修整は、解析・修整のプログ
ラム
にその目的のみが組み込まれていれば、新しい写真撮影技術であ
る、と考えてもよいと思う。