岐阜李登輝友の会台湾研修ツアー
平成22年10月28〜31日 【2日目】 李登輝元総統表敬訪問
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 私が、総統になった理由は分らない。今思えば、神様が、そうさせたのでしょう。私は、いつも「反対、国民党反対」という列に加わった。いろいろとやった。しかし、おかしいことに殺されなかった。白色テロのとき、アメリカへ2回留学した。留学する、国を出る、その間際、事件にぶつかっても問題にならなかった。今でも不思議でしょうがない。神様がそうさせたのでしょう。最後に李登輝が台湾人ではじめて総統になった。李登輝を総統にしたのは蒋経国。彼が一人、強く主張した。
 蒋経国は、ソ連へ渡り、後に脱出。中国を鑑み、これでは埒が明かないと日本の教育を受けた李登輝を信用したわけだ、「出エジプト記」でモーゼがユダヤ人を連れ出した宗教的な歴史は、私にとって政治的に自分の国を持たない悲しさ、台湾の独裁政治をいかに終わらせるか・・犠牲を持って我慢をし困難を突破し、台湾のために努力しなければならない。今、私は89歳(数え年)です。
 馬総統は、尖閣列島の元凶なんだ。1972年ボストン通信で尖閣列島は台湾のものなり、海洋法の施行を行い、尖閣列島の海底に石油があることが分り、中国と結びつき中国傾斜の仕事をしている。
 台湾は危ない時期に来ている。台湾は、変化しなければならない。民主制度でもって総統がダメなら、引きずりおろし、新しい総統を出さねばならない。
 私は、民主化と自由を台湾人は持たねばならないと考え、万年国会を解散、1996年人民による総統選挙を行い、「主権は民にあり」という感覚が徐々に浸透し、台湾人は国民党の法制を離れ、台湾主体の考えを持つようになった。ところが8年間、台湾人(陳水偏)がやってみたら、汚職とか、公儀の精神、道徳心に腐敗があり、国民党に取り戻される。
 日本の教育を受けた70以上の人間、それより下40くらいの人間は、中国の文化、体制を学んでいる。この断層から、台湾の歴史、台湾人による教育を確立し台湾のアイデンティティーを持たなければならない。
1990年以降、新国家建立の潮流がみられた。下から上へ突き上げる民衆の力が、台湾の政治、台湾と中国の関係を変えた。過去の大陸との対立から、国と国の関係となった。台湾は平等互恵の立場で、中国と平和互恵の関係を持ちたいと考える。このような力の源は日本統治時代に遡る。台湾人意識が芽生え、戦後、228事件の災難に遭った後、独立運動が始まり、1990年代になり国内外の力が交わり、新国家建設の原動力となった。228事件は文明の衝突である。
 中国の宣伝やまやかしに乗った日本人は、「台湾は中国の一部」「独立の条件が整っていない」と思っているが、一度、台湾に来られ、自由と民主、活気を見れば、何故、新国家建設をしようとしているかが、分ってもらえると思う。
 日本は、岸内閣までは、日本を何とか立ち直らせねばならない、としていたが、その後は、中国には、ペコペコ、アメリカにはイエス、イエス。日本文化の持つ、精神文化を失ってしまった。これを何とか戻さなければならない。日本はアジアの指導者としての立場をどうやっていくか。日本が台湾の新国家建設の努力を生かしてこそ、両国の未来がある。日本の若い世代は、安定した社会で育った。外敵は無く、内乱も無く、生活は豊かで保障されてきたが、その分、危機意識が無く、改革意識も失ったようだ。中国に対して何もいえない。不公平や不義に対して胸を張って正すことが出来ないでいる。昔の日本人が持っていた、公に尽くし、忠誠を尽くして職責を全うするという日本精神は何処へいってしまったのだろう。これが、日本社会の最大の危機である。

 台湾人は100年、台湾にて主人公になったことがなかった。しかし、1990年代以降、台湾人は主体性観念を持つようになった。この力が台湾を変えると、日本の皆さんは理解していただきたい。台湾と日本の将来は、平等互恵の関係で成り立つ。近年、日本では、李登輝友の会の活躍で、台湾人が、「台湾」としての籍を持てるようになった。
 中国は、南シナ海、東シナ海を自分の海といい、東アジアの覇権を狙っている。台湾は、米国の国内法「台湾関係法」の中にあり、日本は台湾を放棄して、何処の国にも渡していない。台湾は、まだ、連合国の手中にあり、独立を果たしていない。しかし、東アジアでの安定の要に台湾があり、台湾なくして日本は有り得ない、そして日本なくして台湾も有り得ない。台湾と日本はまさに生命共同体であることを日本人は、しっかりと認識していただきたい。
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